堕ちたその先-3-
紅蘭が三度意識を取り戻した際、目を開くと視界には灰色の空が広がっていた。
(ここは……?)
肌を刺すような寒気を感じるとともに、彼は自身の身体が荒縄で縛り付けられ、木材で出来た粗末な台車の荷台に寝かされている現状を把握した。
「おっはよー。元気?」
前方より台車を引くシヲンの声が聞こえてくる。
(微妙な所だな。ときに、どうやらここは室外とは違うようだが、貴様は一体何処に向かっている? というか、何故我はこの身を拘束されている? そもそも前に貴様が言っていたリハビリというのは具体的に何を指しているのだ?)
「直接はまだあまり対話をしていないとはいえ、起きている時の君は実に欲しがりだなぁ。質問ばっかりで飽きないの?」
(笑止。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥という諺を体現しているに過ぎん)
「立派だねぇ。無知は罪なりって訳だ。でもそれを正しく活かせなければ……」
(知は空虚なり、英知持つもの英雄なり、とでも言いたいのか? 下らんな。その程度の分別は付いているつもりだ)
「あちゃー。こりゃ1本取られちゃったね。ととっ、言っている間に着いたよ」
(………………)
「つー訳で、ちょっと冷たいけど勘弁してね~」
台車が止まると同時に、シヲンは括り付けられた紅蘭に近づき、脇に抱えた瓶を開け、次々にその中身を彼へとかけ始めた。
(うぁ冷たッ! おい貴様何をしているんだ今すぐにやめろッ!!)
「オデ、カケルノ、ヤメナイ。オマエ、ガマンスル、ダイジ」
(やかましいわ! カタコトで喋って誤魔化すんじゃあない! 今までのやりとりから原始人キャラを演じるには無理があるだろぁぁあァアアだから冷たいんだって!!)
頭の天辺から足の指先まで、満遍なく赤黒い液体で濡らされた紅蘭を満足そうに眺めながら、シヲンはふぅとため息をついた。
「あのね、こうした方が早いんだよ。ほら、料理番組とかでさ、『30分寝かしたものがこちらです』みたいな感じで時短するじゃん。それといっしょよ」
(あくまでそれは放送時間の都合だろうが! それに本来の時短とは圧力鍋なり電子レンジなりを使って創意工夫する意味を指す! 使い方からして間違いだろう!)
「細かいなぁ。ま、ともかくさ。暫くしたら 寄 っ て く る から、うまく対処するんだよ。私は遠くからそれを眺めているし、頑張りなね」
脳内で不満を叫ぶ紅蘭をあしらいながら、シヲンはそそくさとその場から去っていく。
(は? おい、ちょっと待て! ちゃんと説明をしろ!)
彼の呼びかけも虚しく、結局紅蘭はその場に一人残されることとなった。
(……どうしろというのだ……)
項垂れる紅蘭。
途方に暮れる彼だったが、しかしそんな余裕すら皆無となる危機が早急に迫りつつあることを、この時は知る由も無かった。