堕ちたその先-2-
(ここは……どこだ……)
意識を取り戻した紅蘭(ぐらん)は、目を開くと共にそんな疑問を抱いた。
どうやら自分は何か大きな水槽の様な物の中にいて、黄緑色の液体に浸かっているらしい。
水槽の外は、一見して雑多な研究室を思わせる室内風景が広がっていた。
(死に損なったのか……? だとしても、もはやこれは死んでいるに等しき状態なのではないだろうか……)
自身の身体の感覚が全くない事から、彼はそんな予測を立てた。
(あぁ……駄目だ……眠い……)
そして1分も経たないうちに、紅蘭は深いまどろみに包まれていった。
「やぁやぁおはよう。気分はどうだい?」
眠りから醒めた際、紅蘭の目の前に白衣を着た女性が立っていた。
「く……ぁあ……か……ぁ……」
声を発そうとするにも、喉からは意味のない音しか出て来ない。
「無理に話そうとしなくてもいいよ。脳内で喋ってくれれば、大体の意図は通じるからさ」
白衣の女は眼鏡のつるを弄りながら、紅蘭へと声を掛ける。
(貴様は何者だ)
「私? 名前は卯冠(うかむり)シヲン。うーちゃんでもしーちゃんでも、君の好きなように呼んでくれて結構だよ」
(違うそうじゃない。どのような存在か、という意味で訊いている)
「どのような、ねぇ」
首を傾げるシヲン。
「具体的に答えるにあたって、ちょっと今は難しい質問だね」
のらりくらりとした態度の彼女に対し、紅蘭は多少の苛つきを覚えながらも、矢継ぎ早に浮んだ疑問を彼女へと投げつけ続けた。
(まずここはどこなんだ? そして何故我は貴様に拘束されている? 貴様の目的は何だ? そもそも何故思考を読み取ることが出来るのだ?)
「おーおーおー。堰を切ったようにたくさんの質問、痛み入るよ。肉体の損傷具合はやばくても、思考能力は健在って訳か」
(はぐらかすな。ちゃんと答えろ)
「私はついさっき“気分はどうだい?”と訊いて、その回答が返ってきていないのだけれど?」
(最悪に決まっているだろ)
「あははっ。だろうねー」
(………………)
からからと笑うシヲンを睨みつけながら、紅蘭はまともに会話が出来ることを期待した己が愚かだったと頭を抱えたい気持ちになった。
「大丈夫。私は君の敵じゃあない、それは保証する。経緯は省くけど、君がこちらにやってきた際、存在が消滅しかかるぐらいに衰弱していたんだ。恩を着せるつもりはないが、私は君を安全な場所に運び、そして今もこうやって治療に専念している」
(それは……むぅ。その、なんだ。一応礼は言っておこう)
「いえいえどういたしまして。つってもアレだね、ここに来てから初めて意識が戻ってから、次に起きるまでにかかったのが147時間飛んで32秒。安静には程遠い予断を許さない状況だと私は考えているんだな」
(まだまだ万全ではないということか)
「だねー。あっ、でも安心して。次に目が覚める時にはちゃんと話せて、動けるぐらいまでには治しておくから。んで、ちょっとしたリハビリが終わったタイミングで情報交換といこうじゃない」
(情報交換とは……?)
訝しむ紅蘭に対し、シヲンはこんな答えを返した。
「お互いの世界についてと、これからの展望を」
そしてその言葉を合図に、紅蘭は再び意識を失った。