刺突 後 渦炎 -5-
中学生だった頃に理科の授業で習った記憶が、おぼろげながら脳裏に浮かぶ。
曰く、火の温度の高さは色によって違ってくるという、至極基礎的な知識が。
熱と光とを発して燃えているもの・高温で赤熱したものが火と定義されており、気体が燃焼して熱及び光を発するものは炎であるということは、辞書に記載されている通りであって。
そして火や炎と聞いて一般的に連想する赤い色というのは、実は低温の部類に入り、徐々に温度が上がるにつれて赤・黄・白・青と色を変えていく現象を加味すれば――すなわち。
ギギが取り出した得物に付与された青炎は、ガスバーナー並みの超高温を内包している証左となる。
明確な殺意を抱き、斯様なる物騒なシロモノにて何らかの危害を僕へと加えようとしているこの状況は、実際非常に不味いと断言せざるを得ない。
ならば詳細は分からずともどうやら 頑 丈 になっている ら し い この体躯を持って反撃に打ち出すべきか……とも一瞬考えたが、その選択肢は100%僕には選べなかった。
何故なら相手は幼き子供。
仮にそれが正当防衛だったとしても――女性や子供に対して、絶対に手を上げないという、僕の信念に反するが故に。
(死ぬ前に一度、その誓いを破ってしまったし……もう二度と誤作動をおこさないぞ……笑えるくらいに大ピンチなのを差し引いたとしても)
生前、負ければ爆死のデスゲームに巻き込まれた際、最初で最後の対戦相手であった西乃沙羅の事を、僕は思い出していた。
シニカルでラジカルで、スタイル抜群の凛とした向かうところ敵なしな雰囲気を纏う彼女は、果たして最後まで生き残れたのだろうか等という、無用の心配を覚えながら。
「おーおーおー怖いねぇ、敵愾心を露わにしたその目つき。いよいよ追い詰められたこの瀬戸際で、どんな足掻きを見せてくれるのかちぃっとばかり楽しみだぜ」
半笑いの表情だが、しかし油断を許さない真剣な眼差しのギギは、ゆっくり僕へとにじり寄ってくる。
窮鼠猫を嚙む――斯様なことわざ自体を知っているかいないかは不明ながらも、土壇場での反撃を予測しての用心深さが伺えた。
ならばその心理状況を利用した上でこの場を乗り切ってやろうと、僕はしたたかな決意を胸に抱き、そして。
「うぉおおぉおおおおおおおおおおぉおおおお!!!!」
僕は克己の大声を上げながら、ギギに向かって走り出していた。
「まぁ、そうするわな。玉砕覚悟の特攻、芸が無いとは言わねぇよ?」
「だが……僕の攻撃範囲内に入ってしまえば、それで終いだっってーのッ!!!」
言うとギギは、サーカス演者の様に高速で棒を縦横無尽に回転させ、僕への衝突に備え始めた。
青炎が周りに火花の如き燐を飛ばし、その軌跡は巨大な盾を連想させる円を形成してゆく。
目測で約10mばかりあった両者の間隔は一気に狭まっていき――あと4~5歩でぶつかる距離まで到達したタイミングで、僕は、
踏み出した右足に交差する形で、左足を斜めに突き出し、その場で派手に転倒した。
「はぁん? どんだけ運動神経悪ぃんだよてめぇ……」
棒の回転を止め、呆れた眼差しで嘆息するギギ。
単純に興醒めしたのか、あるいは己の攻撃範囲の外側だから手を加えられなかったのか、当事者足り得ない僕にとって定かではない。
しかしこの時、この瞬間にて。
僅かながらに、ギギに付け入る隙が生まれたのだった。
(痛くても、目が回って気持ち悪くなっても、我慢あるのみ)
ずっこけた勢いで真横に転がった僕は、ドリフトの要領で進行方向を強引に前へと転換する。
(なんてったて僕……いや“俺”は――男の子だからなぁあああああ!!!!!)
レーンを滑るボーリングの玉をイメージしつつ。
全身を丸めて僕は転がり続け、その場に棒立ちであるギギの左方をすり抜けた。
「えっ……?」
展開される状況についていけないのか、目線で追うだけで反応しないギギを振り返らず、僕は前のめりに倒れ込みそうになりながらも、体勢を整え全力で疾駆する。
「なっ……!? つーか、おいゲロカス! あんだけカッコつけといて逃げてんじゃねぇぞオラァア!!!」
罵倒する文言が既にやや遠くから聞こえてくる、即ちある程度の距離を稼げたという事だろう。
返す言葉を用いずにガン無視上等、僕はそのまま前へ前へと走り続けた。
そして我が逃走経路の終着点――彼らが乗ってきた馬車へと一足先に到着した僕は、肩で息をしながら独り言つ。
「よしっ! したらばこの良く分からない生き物の片方をおパクりあそばせて、どこか遠くに逃げるぞぉ~~」
格好悪い事この上ないが、けれどもこの選択肢は結果的に、誤りではなかったとは思う。
――目の前に存在するトラブルを乗り越える、という点のみに於いてだとしても。