異世界転生-3-
興奮状態に陥りひとしきり叫んで、驚喜の感情のままにでゴロゴロと地面を転がりながら手足をジタバタと振り回し、ようやく落ち着いた後である。
僕はその場に立ち上がり、ゆっくりと深呼吸を行った。
異世界に転生したからには、転生したからこそ、いの一番に試すべきことがあるが為に。
「ぬぅ~ん……はっ!!!」
掛け声と共に右手を前に突き出すも、しかし何も起こらなかった。
「ん? やっぱり無詠唱じゃあ駄目なのかな??」
今度はマンガやゲームで見聞きした呪文名を唱えてみる、勿論明確なイメージをも添えた上で。
「ファイラ! ベギラマ! アギラオ! マハリト!」
何度繰り返そうとも、手の平から炎熱系魔法が発されることは無かった。
呪文の系統自体が違うのかと思い、その他の属性も試してみる。
水・雷・地・氷・聖・闇――その他沢山の諸々を。
が、結果は変わらなかった。
最下でもなく最上でもない中間威力の魔法を選んでいた自らの驕りが故の不埒かと猛省し一通りというか、いちいち体制や声のトーンを変える試行錯誤をもってしても、当たり前の様に何も起きなかった。
そうこうしている内に日はとっくりと暮れてゆき、辺りはオレンジ色の夕闇に包まれ始めてきている。
「はぁ~~。結局どんな特性を持っているか分からず仕舞いとは、なんとも情けない……」
目覚めてから体内時計で凡そ5時間が経過しており、大半というか殆どを自らの能力査定に費やしながらも一切収穫が無かった所為か、正直な所僕はかなり落胆していた。
そんながっかり感が後押ししてか余計にかもしれないが、加えてある種の生理的欲求が高まってきていた。
要するに、腹が減ってきていたのである。
付近を流れる小川から掬った水を飲んでいたので喉の渇きは感じなかったが、しかし満たされない空腹感はそろそろ無視出来ないものになりつつある。
色とりどりの草花が群生している平野には食べれそうな木の実や果実は見当たらなかったし、小川には魚を含めた生き物の気配は感じられなかった。
というか、虫の一匹すら見当たらない。
生前ケーブルテレビの海外産ディスカバリーチャンネルにて観た、いわゆる冒険者がカメラの前でアリやイモムシを火にかけず生で踊り繰りする覚悟なんぞ、空腹だとしても今の僕には到底考えられなかったとはいえ。
昼間に僕が目撃発見した正体不明の巨大なドラゴンを除外されるが、しかしどうにもこうにもその他の生物の一切が見当たらないのは、ちょっと腑に落ちない感じがする。
「テンプレ的にはこの辺で妖精だとか精霊だとかのマスコットキャラが出現してこの世界のあらましとか主人公たる僕に征くべき道や目的-タスク-を示してくれるのに。なんだかなぁ、どうしたもんかなぁ」
軽く溜息をついて、僕は草花の群生する地面へと寝ころんだ。
空には早くも白みを帯びた星々が輝き出していた。
「水分補給は行っているから、一晩位なら我慢出来るか。なぁに、ある種のダイエットだと割り切ってしまえばへっちゃらさ」
相変わらず全裸状態から抜け出せていない僕は、景気づけにふくよかな腹を右手でパァンと叩いた。
転生後にほどなくして餓死……なんてのは笑えないが、独白の通り一晩ぐらいであれば問題は無いと思う。
自食効果-オートファジー-が今のこの身体にも備わっているならば僕のワガママボディは3日間くらいは大丈夫だし耐えられるだろう。
……等という根拠が迷子で証拠が皆無な謎の自信が湧いてきつつあった、その時。
そう遠くない何処からより、馬の蹄と車輪の転がる音々がこちらに向かって来ていることに、僕は気が付いた。