異世界転生-1-
人は生きているからには死んでいない限りにおいて、3つの欲求に縛られている。
すなわち、食欲・性欲・睡眠欲。
俗にいう三大欲求という奴だ。
あるいは本能とも言い換えられるであろうこれら3つの中において、自分が最も重視しているのが筆頭の食欲である。
避けようとしても避けられない、逃れようとしても逃れられない、己が業-カルマ-らしい。
たとえ一度は死んだ身であったとしても、だ。
「アツシ様~、晩御飯の準備が整いましたよー」
「今日の献立はアツシ様の大好きな砂泳牛の丸焼きに致しましたわ」
「あのね、あのねアツシ様っ。前菜のサラダは僕が朝方に摘んできた雛キャベツで作ったんだよ! 絶対にすごくおいしいから一緒にたべよっ!」
尖った耳が特徴的な、煌びやかな緑色のローブを纏った元奴隷の女達が各々、自分に向かって黄色い声を張り上げる。
折角呪縛から解放出来たというのに、これじゃまるで自分が女衒(ぜげん)になった気分だなと思いつつも、俺はやれやれと首を振りながら逞しい身体をゆっくりと起こした。
「おいおい“様”付けはあれだけやめろと言っただろう? 種族は違えども同じ生者同士、ここはひとつ対等にいこうではないか。はっはっはっ」
「「「やーん♡アツシ様カッコイイ~♡♡♡」」」
快活に笑いながらも、勿論それは嘘だ。
もっと褒め称えて欲しい、もっともっと崇め奉って欲しい。
過去一度死ぬ前の自分の惨めさと比べたならば天と地ほどの差がある現状においても、承認欲求が満たされる兆しは一向に見えやしない。
乖離-ギャップ-のデカさが凄まじいのも、その一因には違いないのだろうけれど。
ともあれ、暖かな夕食にありつきながら俺はここ数十日間を回想する。
地下アイドル追っかけを生甲斐とする惨めなオタクだった自分から、強きを挫き弱きを助く勇猛果敢で最強無敵な流浪の戦士へと変化した――その転機とこの経緯とを。